畳のある暮らし

 私の古い家は、フランス、イギリス、ドイツ、バルト三国そしてオーストラリア等からWWOOF(ウーフ:World- Wide Opportunities on Organic Farms)制度により、日本文化を学ぶ目的で来日した若者らがここで生活し、ウーハーハウスと呼んでいます。WWOOF制度とは、自分が持っているものを提供し、持っていないものをもらう、という簡単な仕組みで、その関係に金銭のやりとりはありません。つまり、「食事とベッド」を提供する私たちがホスト役で、外国から農村を訪れ「労働力」を提供する若者側をウーファーといいます。食事と宿泊先の提供と、農業労働力を交換するほかに、諸外国の若者たちと温かなコミュニケーションを大切にし合うことも、この制度の特徴(利点)です。

 外国から訪れる若い彼や彼女らは、私たちに比べてとてもフレンドリーで、初対面のウーファー同士は、互いに以前から知り合いだったかのように、それぞれの国の文化とは似つかぬ日本文化を謳歌し、古民家の不自由さをものともしないで、日本の農村の四季をこの家で楽しんでいるのです。
さて、私の家は、築100年を数える古い家と30年前に建てた母屋も、ダイニングを除いて廊下まで全て床は畳が敷かれています。ヨーロッパなど椅子の生活が中心で、床に座ることのないウーファーたちにすれば、畳の生活はとても不自由な環境といえるのです。最初は、出窓や机に腰掛けたりすることもありましたが、どの国の若者も、数日で畳に座る生活に慣れてしまいます。

 畳(たたみ)は、日本で利用されている伝統的な床材です。芯材になる板状の畳床(たたみどこ)の表面を、イグサ(Juncus decipiens .単子葉のイグサ科の植物)で編み込んでできた敷物状の畳表(たたみおもて)で包んで作られています。縁には畳表を止めるために装飾を兼ねて畳縁(たたみべり)と呼ばれる帯状の布が縫い付けられています。(中には縁のない畳もあります)。畳のある生活は、世界に類がない日本固有の文化で、これの原点は古代から存在します。そして現代の畳は、平安時代に入ってからのものといわれ、厚みが加わるとともに部屋に据え置いて使うようになり、大きさの規格化が進みました。これ以前は、板床に敷くクッションの一種のような感覚で使われており、室町時代に入ると書院造りの登場によって、現在のように部屋全体に畳が敷かれるようになりました。そして、次第に分厚くなり重くなりました。

 また、茶道が広がることによって、正座(屈膝座法)して畳に座る日本人の伝統的な生活文化の一形態となり、こうした過ごし方とともに畳は普及して、江戸時代になると、畳そのものが重要な建築物の要素として看做(みな)されるようになりました。近年は、生活の洋風化に伴い畳を敷く和室が少なくなり板間(フローリング)にテーブルと椅子が登場し、私たちの生活から畳は遠い存在となりました。フローリングの床の場合には、畳を敷き詰めるのではなく、平安時代のように薄い畳をクッションとして板間に置くという形が復活しつつあります。
畳は湿気を吸収したり排出して室内の湿度を調節する機能があり、畳床は空気を含んだ状態になっており、これが室内の空気を吸い込んで湿気を下げています。畳を敷いた部屋で寝た場合、一晩で流した(かいた)汗の三分の一は畳が吸収してくれると言われています。畳には、人間にとって有害である二酸化窒素を吸着し、一酸化窒素に還元し、部屋の空気を浄化する能力があります。また、イグサの香りには鎮静効果があり、まるで部屋の中で森林浴をしているのと同じような効果があります。その他、衝撃吸収、防音効果、断熱効果、撥水性など、畳には様々な機能があります。その他、テーブルでは置ききれない作業時には、部屋一面が作業台にもなります。

私が畳好きの理由を挙げれば、畳の部屋の光沢や色です。これは畳の表面にある繊細な起伏に反射する光によって、部屋全体の明るさを醸し出し、若い頃調査で歩いた古い天然林の下層植生が反射する林内の明るさに似ていて、とても落ち着く雰囲気をつくり出します。自然の素材で造られた畳の美しさです。最近では、様々な雑菌による健康被害が問題になることがありますが、畳に使われているイグサには、自然の抗菌作用があります。気になる細菌などが繁殖するのを抑えてくれるので、健康面にも良いことなどのメリットが明らかとなっています。畳は細菌が繁殖しやすいという認識は誤った思い込みで、カビやダニの発生は、換気不足による湿度の上昇が第一の原因です。窓を開けたり換気扇を回すなど、部屋の換気を心掛けることが大切です。日本家屋では普通に使われていた畳も、ライフスタイルの変化で見かけない家も少なくありません。しかし今、海外から注目を集めている素晴らしい日本文化の一つとして、多くの人に愛されている畳のある生活・文化を引き戻したいと思います。ウーファーの古い家での生活は、最初は畳の上にカーペットを敷き、椅子を置くなど自国での慣れた生活ができるように工夫していましたが、今では畳が敷き詰められた部屋に入った瞬間に、「きれい」を連発し、寝そべって寛ぐなど、イグサの素晴らしい効果を体感し、畳のある日本文化を満喫しています。

日本は今、外国からの観光客が増大しています。迎賓用に限定して取り繕った見かけだけの建造物や疑似環境の整備ではなく、豊かな自然環境の中で日本人が住み続けてきた自らの住まいとその住まい方を、時代とともに進化してきた技術や工法を取込んで整備し、自らの生活そのものを近代的に磨き上げることこそ伝統・文化を守ることであろうと思います。石油化学製品に覆われた住環境から抜け出し、自然環境の中で人生を過ごす本来の人間らしい日本人の生活を本気で取り戻したい。自然素材で磨かれてきた住環境はじめ日本文化の復権をめざしたいと思います。
中島工務店総合研究所  中川 護