スギやヒノキの人工林と山地災害

 最近になって、再び、「スギやヒノキを植林し過ぎたから災害が起きやすくなった。」という意見に直面しました。多発する山地崩壊等の災害発生の原因が針葉樹中心の造林地であり、ブナなどの広葉樹の山をつくらなければというのです。さらに困ったことは、ある高校生から、「広葉樹の森づくりは、時間がかかり災害防止には間に合わない。コンクリートで流路などを整備すべきだ。」と返されました。これは、岐阜県水環境ネットワークが開催した「地域防災と自然環境」をテーマにしたワークショップでのことです。世代間討論という設定で、県内の高校生・大学生ら若い世代に対して、水環境ネットワークに結集した一般参加者が対面して討論する分科会でした。
 会議では、 東日本大震災を踏まえた防災対策について専門家による基調講演の後、「地域連携を目指した環境学習活動」と題して県立高山高等学校(高山市)が、続いて「近年、個体数の減少が著しいギフチョウ(アゲハチョウ科)の保護について」県立斐太高等学校が、また、「バングラデシュの地下水のヒ素汚染問題」、「内モンゴル地域の砂漠化問題」の2題について、岐阜大学の留学生らの報告がありました。中でも中国の留学生による報告は、私が長年にわたって砂漠化防止のための植林緑化の技術指導を担当したこともあり、度重なる豪雨災害に悩まされる日本列島とは逆に、異常な乾燥が続く中国北西部の砂漠化地帯の報告に聞き入りました。


 地球上ではここ数年、豪雨(洪水)、少雨(干ばつ)、強い台風、豪雪など世界を襲う異常気象による自然災害が多発しています。日本では、毎年各地で発生している豪雨による山地崩壊の被害は、人命までも奪う大きなものとなっています。2012年には、近畿中部、九州北部及び西日本などで豪雨が発生し、逆に、関東地方の利根川水系や渡良瀬川では極端な少雨で水不足が起きました。
 これらの現象は、今後さらに激化し地球上を覆う可能性も高くなるといわれ、2025年
は新年早々から、四国・九州地方のこれまで降雪が珍しい地方でも豪雪となるなど、冬期においても集中的な降水量(降雪)となるなど極端化しています。
 このように、激しい気象の変化によって発生する山地の崩壊や土石流災害は、戦後、私たち国民が植林によってつくり上げた人工林においても多発し、スギやヒノキの山づくり政策そのものが指摘されるようになりました。果たして本当なのでしょうか。
 
 日本では、歴史上まったく経験をしたことがないほど多くの森林資源ができあがり、木材の年間消費量の約40数年分以上となります。これは人間がつくり上げた人工林の森林資源量としては、世界でも類をみない偉業と言われています。この豊かな森林の産物である優れた木材が、脱炭素社会の実現に役立つことから、建築物等に木材の利用を促進する法律が制定されるなど(平成22年法律第36号)、公共建築物から一般の建築物に拡大され、地球温暖化防止の切り札となることが約束されています。この貴重な自然資源が、災害を引き起こす元凶だと思われては、林家や山村の人たちにすればいたたまれない心境です。こうした人工林が本当に災害発生の原因なのかどうか。私たちは森林と自然災害について、そして森林の機能について勉強して、私たちに何ができるかを考えなければなりません。
 

 全国各地で記録的な豪雨が観測されるようになったことにより、森林の山地災害防止機能の限界を超えて山地災害の発生リスクが高まっていると考えられます。近年の山地災害としては、北海道をはじめ、東北の日本海側、北陸地方のほか、西日本の日本海側において広範囲にわたってこれまで経験のなかった大雪・暴風となり、雪崩災害、融雪災害、大雪災害が各地で被害が発生しています。また、梅雨前線の影響により、線状降水帯が発生し記録的な大雨となり、各地で大雨特別警報が発表されるようになりました。こうなると、1,000万㌶の人工林を持つ日本では、山地災害発生の現地が人工林に及ぶことは当然のことと考えられますが、人工林だけに被害が発生しているかといえば、そうとはいえません。青森県むつ市で発生した災害は、下北半島一帯が主として温帯性山地帯ブナ・ミズナラ・ヒバ群系に属し、一部丘陵地帯に暖温帯性丘陵地帯のコナラ・クリ群、アカマツ・コナラ・クリ群落の植物が分布しており、人工林の比率は僅か30%の地域であるのに、大きな山地災害が発生しました。
 一般論として、降水量と豪雨災害の発生についての実験データでは、1時間に20ミリ以上の強い雨が降った場合や、降り始めてからの雨量が100ミリを超えると土砂災害が起こりやすくなるといわれています。森林が、土砂くずれなどの災害を防ぐ働きがあるのは、森林内の樹木をはじめとする植物の根が、土壌をつなぎとめているからです。また、ある研究では、地面がむきだしの裸地の場合、森林の植物で覆われている場合に比べて約150倍の土壌が流出するという結果が出ています。このように森林が人工林であるかどうかという条件はさておき、各地の例では、一度に降った総降水量が1,200㎜を超えたり、24時間降水量が400㎜以上(佐賀県嬉野市では555㎜を記録)観測されるように、極端化した気象下では、一旦大雨になると森林内では地肌の全面が川のようになって足下が危うくなるほど激しく流下することを現地で経験しています。こうなると、いかなる森林であっても地質や地形的要因が重なって災害が発生する危険が高まることを実感します。
 

 近年特に、広葉樹林など多様な森林に対する国民の期待は一層高まっており、令和5年度の森林・林業白書では、森林は、国土の保全や水源の涵かん養、地球温暖化の防止、保健・レクリエーションの場の提供、生物多様性の保全に加えて木材の供給といった多様な恩恵を国民生活にもたらす「緑の社会資本」であり、多様な森林がバランス良く形成されるよう取組を進めることが必要とされています。森林によっては、針葉樹の人工林を複層林や広葉樹林への誘導など、多様性を高める森林づくりが求められています。人工林だから災害に弱いのだと、短絡的な森林のイメージを多くの皆さんに与えてしまっては、とても残念なことだと思っています。
中島工務店 総合研究所長 中川 護