マツ(pinus)とマツタケ狩りの思い出

マツ(pinus)とマツタケ狩りの思い出

 新年ですから「マツ」の話から始めましょう。マツは、日本の代表的な常緑樹として北海道の苫小牧から鹿児島の屋久島まで分布しています。冬でも葉を茂らせることから、若さ、不老長寿の象徴とされ、門松(かどまつ)は、正月に日本の家の門前などに立てられる正月飾りがあり、竹、梅とともにおめでたい樹とされています。私の住む飛騨では、結婚式などおめでたい宴会では、会のはじめに必ずその地域に伝わる「めでた」を謡うしきたりがあります。めでた~めでたの~。曲節は、地域によって多少の違いがありますが、謡い出しは心得のある古老などが発声役をつとめ、若松~さまよ~、枝も栄えて葉も繁る~と、全員合唱となります。ゆっくりとした謡い方には独特の趣があり、正座して唄うこのしきたりに、初めて飛騨へ移住した人や宴会等に出席した人は驚きさえ覚えます。
 
 このほか、マツに係わる伝説や和歌にも古来より取り上げられていて、日本庭園など庭木の王様としても私たち日本人には最も身近な樹木となっています。

 さて、マツの仲間(pinusマツ属)の天然分布は、赤道直下のインドネシアから北はロシアやカナダの北極圏に至り、ほぼ北半球に限られ、針葉樹としては最も広い範囲に生育しており、その種の多さには私たち林野マンは見分けるのに苦労します。お隣の中国では、北部地方の油松(マンシュウアカラツ)、中部は火炬松(テーダマツ)、湿地松(スラッシュマツ)、南部では馬尾松(タイワンアカマツ)や黒松などの林に遭遇します。
 
 若い頃、日本の中部地方で、アカマツ、クロマツ、ヒメコマツのほかに、外国樹種試験地でテーテーダマツ、スラッシュマツを知る程度でした。現場で勤務していた頃、マツの人工植栽は無理だと先輩から教えられたことがありました。天然更新(自然に落下した種子等から天然力で森林の再生を図る方法)によって成林したマツ林に比べてマツの造林地の生育が劣り、形質も良くない箇所が目立ちました。その原因は、マツの直根性にあるのだろうと思われます。苗畑では造林用のヒノキやスギの苗は、細かい根の発達促進のために「根切り」を行い、生育途中の苗床(なえどこ)の土に一定の深さに刃物を入れて根を切断して細根の発達を促進させますが、マツ苗は根切りをしません。その理由は、マツの直根性にあるのだと思われます。つまり、根っこが地中深くまで枝分かれすることなく、真直ぐに伸びていく性質があります。直根性の植物は、養苗中や植栽時には根を傷つけないように、植穴を深くまで掘り下げます。太い根を少しでも痛めてしまうとダメージが大きく、根付が悪く生育にも影響するのです。したがってマツ類はポット苗にすれば根の保護にも適していると思われます。
 
 さらに、種子を直接蒔く播種造林が好ましく、中国では万里の長城で有名な八達嶺地方など各地でその成功例を見てきました。直根性の植物には、クレマチス、ヒマワリ、トルコギキョウ、ケイトウ、ヤグルマギク、ニチニチソウ、チコリ、パクチーなどがあり、野菜の場合は、大根やゴボウは移植したら複数の根に分岐してしまうことも菜園つくりで経験した方も多いでしょう。
 
 続いてマツタケについてお話ししましょう。
 
 マツタケは、キノコの中では王様で、日本においては食用キノコの最高級品に位置付けられています。秋になると高価な値段がつけられて店頭に並び、その味を知っている私たちは、横目で「チラッ」と眺めながら通り過ぎます。
 
 30歳代半ばの頃のことです。たった一度だけ大量のマツタケをゲットしたことがあります。それは夢のような話ですが、今でもこのことを思い出すと、「わくわく」してしまいます。でも、それっきり2度とその場所に行ってはいませんが、今でもこの山のことは誰にも教えていません。ただひとり、一緒に行った先輩の西田禎利さん(静岡県在住)はご存じです。マツタケを採るのはとても難しく、通常のキノコのように地表に顔を出して傘が開ききってしまえば、香りも味も落ちるので、地表からわずかに顔を出したところを見極めて採取するのです。やみくもに探しても採取できない理由はこの点にあるのです。
 
 ある秋の日曜日のことです。西田先輩に誘われてキノコ狩りに出かけました。車を駐車した場所から、その山に詳しい先輩は尾根伝いに上流方向へ、経験も無く初めてこの山に入った私は、先輩の指示で下流方向へとそれぞれ分かれてキノコ狩りを開始しました。素人の私は、行けども行けどもキノコらしきものには出会うこともなく、どんどん下流方向に向かって尾根続きを歩き続けました。午後3時頃、相当遠くまで来てしまったので、引き返そうとして林道に近い方向に向けて痩せた尾根を下りかけたその時、大きく傘を広げたキノコが1列に整然と並んでいるところに直面しました。あまりにもマツタケの形をしたキノコが10数本も列をなし、傘が開いたものから次第に高さが低いものまで並んでいるのです。私は、松茸を採取したことがなく、あまりにもマツタケらしいキノコが大量に並んでいることに、「こんなにたくさんある筈がない」と疑いました。「よく似たキノコ」と、一旦は通り過ぎようとしました。しかし、背中に背負っていた少し大きめのリュックには全く何も入っていなかったので、よく似た毒キノコと笑われるかもしれないと思いながら、無造作にそのキノコを詰め込み、入りきらないものは残したまま、そそくさとその場を離れて足場の危険な急斜面を駆け下り、駐車場所にたどり着きました。先輩は、すでに戻っていました。私から「どうでしたか」と尋ね、「全く(収穫は)無かった。」という先輩に、「こんなキノコがありました。」と背負っていた袋を開くや、「こんなにどこにあったか。」と驚かれました。正真正銘のマツタケだったのでした。その日の公務員宿舎アパートの夕食は、どこの階でもマツタケが食卓に並んだのでした。遠い日のマツタケ狩りの思い出です。
 
 マツタケの生態は、アカマツの樹齢が20年から30年になるとマツタケの発生が始まり、30年から40年が最も活発で、70年から80年で衰退するのだそうです。マツ属(Pinus)などの樹木の根と、外菌根と呼ばれる菌糸が共生して生活しています。マツタケは、直径数メートルの環状のコロニーを作って発生し、土壌が白くなって貧栄養(痩せた地域)で比較的乾燥した鉱質土層に生息しているのです。(水口 茂:石川県立柳田農高ほか)土壌調査では、偶然、菌の独特の臭いがします。大量に採取したその周辺には、目につかない落葉層の下にも、多くのマツタケがあったに違いないと後になって先輩たちから言われて、「惜しいことをした」と、40年前のこのマツタケ狩りのことを夢に見ることがあります。

(中島工務店 総合研究所 中川 護)