スパコン「京」と森林施業

スパコン「京」と森林施業

日本の森林は、いよいよ収穫期を迎えます。森林を伐採して木材を利用する時代に入ります。
 
しかし、その伐採量はどれだけあるのか。
 
林野庁在職中の大半を森林計画に携わり森林をかけ回って調査し、そのデータをもとに長期計画を立てる仕事をしてきたので、そのことについて書きましょう。
 
日本の国土面積の66%を占める広大な森林の現況は「森林調査簿」に記録されています。(民有林は「森林簿」に記録)
 
調査(森林)簿は、昭和40年代の初め頃までは手書きしていました。
その頃、林野弘済会計算センター所有の、日本には数台しかなかった富士通の大型コンピュータを使って、初めて森林調査簿を機械で作成したのです。
 
数少ない計算センターは、全国のあらゆる分野の活用でフル回転し、コンピュータは奪い合いでした。
宗像(むなかた)センター所長さんから、「座り込み」の中川さんと呼ばれました。「計算ができるまでは動かない」と譲らなかったからです。
 
森林には多くの情報が蓄えられています。それは、標高や方位、傾斜、土壌や岩石などの自然条件、また、樹種や面積、林の年齢、天然林かそれとも人工林か。さらに立木の太さや高さ、木材の材積、成長量、森林密度など林況(りんきょう)といわれる情報です。
 
その他、下層の植生や野生動物、法的規制などそのデータの種類は膨大で、森林の情報は、そのアイテムやカテゴリーの量では他にはあまり例がないといわれます。
 
さて、伐採量について触れましょう。
 
国立林業試験場(現森林総合研究所)は、昭和53年に目黒区からつくば市に移転しました。
東京の山手線の内側と同じくらいの面積のマツ林を伐り開き、国の研究機関を一堂に集めた筑波学園都市は、広い道路は整備されましたが、夜は真っ暗な寂しいところでした。
 
天野正博早稲田大学教授はこの試験場の研究者で、若いころから指導を受けた尊敬する先生です。
先生とともに「保続計算」という国有林の収穫量の計算処理を昼夜にわたって取り組み、そのままコンピュータ室で寝入ってしまうこともありました。
 
森林の経営では、恒久で「保続」という独特の原則が特に厳しく唱えられています。
こうした森林の経営に関する学問は「森林経理学」に集約されますが、古くから面積平分法、成長量法などで伐採量を算出する方法があります。
 
当時、国有林では、森林の取扱い(施業)を計算根拠に「保続表」という複雑な計算をしていました。
とても複雑なため、大会議室の床に広げた大きな計算用紙に、5年後、10年後…と、森林の推移を計算して書き込んでつくりましたが、
これを大型コンピュータで処理する画期的な研究でした。
データ量の多さと複雑なシステムは、当時の大型コンピュータでも限界がありました。
 
そして2012年夏、スーパーコンピュータの世界ランキング1位の「京」が誕生しました。
その計算性能は1秒間に足し算や掛け算などを1京回(=10,000兆回)行うという、まさに京速の計算能力をもつのです。
これを活用したシミュレーションは、日々の天気予報、航空機や自動車の設計、薬の開発など、私たちの生活に必要不可欠なものになっています。
 
今後、京の活用によって、医療や新エネルギー、防災・減災、次世代ものづくりなど、様々な分野への貢献が期待されています。
そこで、この京を使って日本の森林資源量や伐採量を計算処理したら、一瞬にその答えが求められるでしょう。
 
しかし、現在は、このような計算根拠で日本の伐採量は求められていません。「政治判断」で決められているのです。
 
コンピュータなどITの時代となって、これまで求めようとしても求めることができなかった多くのデータや回答が、一瞬にして算出されるようになりました。
それに比べて私たちがつくってきた「保続表」は保続表法という独特の計算方法で、森林の生態やそこで実施される林業技術によってでき上がった森林の収穫量を算出するものなので計算速度が速くなるのは歓迎されるものの、あくまで現地の森林と密接に関わった回答が求められるのです。
高度の計算機によって正確な回答が得られるようになったとしても、それの採用如何によっては、生きたものとなるかどうかです。
 
もう一つ気になることがあります。
林野庁が国有林で採用してきた保続表は、単に伐採量の算出のための手法ではありません。
我が国の森林が、それぞれの地域においてどのように生育しているかを正確に把握することが基礎となって、森林そのものの存在をより有効に維持しようとするものです。
 
私たちは、森林を正しく理解し、それぞれの森林帯を健全に維持し、多くの機能が最大限に発揮できるように誘導することが求められています。そして、それぞれの地域で実施される林業技術の発揮によって森林の生産物である木材などを永続的に収穫できる状態に保たなければなりません。
 
保続計算の算式は、地域ごと、箇所ごとの森林の標高、気温、方位、傾斜、降水量、森林土壌など自然条件に加え、種子や育苗から造林、育林、保有・保護まで、私たち林業に携わる人間が持ちうる英知と技術で、永続的に最大の成果をあげようとするものです。
 
保続計算とは、私たちの森林づくりの明確な意思がこめられていることを、機械化(コンピュータ処理)によって、忘れ去られてしまいそうだからです。
 
(中島工務店 総合研究所長 中川護)