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間取りの名探偵



エクスナレッジという出版社があります。

住宅の設計をやるほとんどの人は
目を通しているであろう建築知識という
雑誌を発行している出版社です。

法規の読解や構造設備に至る
専門的な知識について解説を載せて
月一回の発行をしてる雑誌なのですが、
この雑誌の巻末近くに面白記事として
シャーロックホームズの建築という連載が
2020年から2021年にかけて載っていました。

その単行本が出ていたので、
購入して読んでみました。
 
特にシャーロックホームズファン
(熱狂的なのをシャーロキアンと呼ぶのだそうです。)ではなく、
学生時代に早川書房のペーパーバックで
しかも古本で買って読んだくらいで、
うろ覚えで、
こんなことを書くのも恐縮ですが、
ちょっとした思い入れもあり、
本を手にした次第です。

NHKでイギリス・グラナダTV制作の
テレビドラマが放映されていたのは
1985年から1995年にかけて。

当時高校生の私は
毎回欠かさずではないものの、
ジェレミーブレットの演じる
ちょっと癖のあるホームズが好きで
視ていました。

1993年に大学を休学して
イギリスで2.5か月のホームステイをした頃、
ロンドンに遊びに行った際に、
かのベーカー街221Bへ出かけました。

言わずと知れたホームズの事務所兼下宿先で、
物語は依頼人がこの事務所を
訪ねるところから始まるのですが、
30年前の当時も今も博物館になっています。

事務所の机やマントルピースに置かれる
一つ一つの小物は物語を再現してあり、
マニア垂涎であったのでしょうが、
にわかの私にはよくわからず、
それでもTVで見ていた世界感が目の前に広がり、
イギリスに来て、
ホームズの事務所を訪ねているという
興奮があったことをよく覚えています。

貧乏生活のなか、
写真の現像にかけられる
お金もケチっていたのに
何枚も撮影していることが
その興奮を物語っています。
さて、肝心の本の中身ですが、
ホームズの研究者の北原尚彦さんと
建築家の村山隆司さんのそれぞれが
専門分野を生かして練り上げられており、
各物語に登場する建物や部屋を名探偵よろしく、
推理して解き明かしています。

密室殺人やトリックなどのために、
小説の中に建物・部屋・家具や
インテリアの描写など
克明に描かれるとは言え、
おそらく間取りまで考えて書かれていない原作は
すべての辻褄が合うわけでもなく、
時代背景や地域性、住んでいる人の身分や職業、
様々な観点からその建物と間取りを
解き明かしていく話は
それ自体が推理小説のようです。
 
ところが、
文章で色々と試行錯誤が書かれた後、
間取りが示されるのですが、
「ふーん」なのです。
あまり感動がない。

私がにわかファンなのを差し引いても、
やはり間取りに興奮がないのです。
文章の方が面白い。

実は間取りを書くには
それぞれの部屋の構成、
窓位置や出入口の扉だけでなく、
時代背景やその形式、広さはどうなのか、
正方形か長方形か、
扉の位置と家具の関係は、
椅子を置いても十分に周りを通る
余白ができるかなど、
考えなくてはならないことが無数にあり、
物語の中の家具や小物の配置だけでなく、
人の行き来や犯罪が行われた場所など
空間の余白を文章から読み解いて形にしないと、
机やベッドや暖炉を並べただけでは
間取りにならないのですが、
よくできた間取りほど
矛盾の無い間取りほど
普通に見えるという
設計士を悩ませる事実が
ここにも見て取れるのです。

これは自分が間取りをつくり、
実感することですが、
よく考えられた間取りは矛盾がなく、
違和感がないため「ふつう」なのです。

おかしくない間取りは
良くできた間取りなのです。
スゴイとかカッコイイとかないのです。
 
本を読みながら
これは一般の人に伝わるのか、
設計者がその大変さを想像して
悶絶しながら読むものなのか、
不思議な読み物だと思うのですが、
人気連載で単行本化されたことを考えると
需要はあるのでしょう。

最近本屋へ行くと
変な間取りや怖い間取りなど、
ちょっと変わった趣旨の間取りの本が
売られていたりします。

世間一般の間取りから読み解く力は
私の想像よりもずっとあるのかもしれません。
 


名古屋支店 香田雅紀