木匠塾への想い 2(インターユニバーシティー木匠塾について)

大学の夏合宿から始まった木匠塾を、野麦峠から加子母村に移してからは、活動が大きく発展しました。その立役者は何と言っても村の職員だった善田奈緒さんという若い女性です。彼女は東京都出身で、大学を卒業と同時に加子母村にやってきました。現在は、林業を目指す彼とともに祖母が暮らす富山に移り住みました。学生たちのお世話を根気よく担当してくれた彼女が、次のような感想を送ってくれました。 "初めて木匠塾を担当させてもらったのは、加子母に来て二年目のこと。その年は、何もかもが分からず、ただただ必死に突っ走り、加子母の人たちの絶大な協力のもと、半年かけて学生たちと一緒に準備してきた夏の木造建築実習を乗切った。今でも忘れられない。終わった時の学生たちの顔は、別人かと思うほどの変わり様だった。学生たちの成長。これが私の毎年の楽しみになった。そして10年間、学生たちと時間を共にしてきて、今感じる事。かしも木匠塾の始まりは、木造建築とは切り離すことができない「林業・山村」を知ってもらうことだった。しかし、かしも木匠塾はそれをも超えて、学生たちを育てる場となっている。だからこそ、ここで学んだことは学生たちの心に深く刻まれていくのだろう。卒業してからも頻繁に加子母を訪れてくれていることこそが、その証ではないだろうか。100年前の加子母村是でも詠われた「教育」の心が、ここでも生きている。私もまた、かしも木匠塾という活動を通じて加子母に育ててもらった一人。加子母への想いはどこまでも膨らんでいく"…と。 今年の夏も、まもなく都会から多くの若者が集まってきます。8月、暑い日の夕刻から始まる開校式には、実行委員会メンバーの他に最後の村長となった林業家の粥川真策さんや行政担当者、そして、建築現場で指導に当たる産直住宅組合の若手技術者、木匠塾の学生たちが兎や小鳥の小屋を造った小学校、部活の控室改修をした中学校の先生方、ゲートボール場休憩室の建設で関わった老人クラブ、間伐材利用や学校林整備で指導を受けた林業クラブ、休日の交流を楽しんだスポーツ団体、材料を供給する林産組合、そのほか村民のリクエストで完成した数々の建築物のお施主さんご家族等々です。この開校式で、今年もまた各大学による活動内容のプレゼンテーションが夜遅くまで続くのです。なぜ、これまでにして若者が遠く加子母の田舎に集まってくるのか。開校当時に、「日本の大学のフォーマルな教育システムからちょっとだけはみ出すこと」これが木匠塾の初心だと創立メンバーの布野修司教授(現滋賀大)の控え目な表現からすれば、想像もつかない発展ぶりです。「何で山奥で、夜遅くまで勉強させるのか。」冷ややかな揶揄に唐突な説明がなくても、熱心な加子母の方々と、若者たちをひきつけ、熱中させ、育ててくれる不思議な力を、自然、森林そして木材は持っているのです。
(中島工務店 総合研究所長 中川 護 )