木匠塾への想い 1(インターユニバーシティー木匠塾について)

今年の夏も、まもなく都会から加子母へ多くの若者が集まってきます。この時期になると村が普段よりにぎやかになるのは、「木匠塾」がやってくるからです。この木匠塾は、女工哀史で有名な野麦峠(岐阜県奥飛騨)の国有林の山小屋を利用して、夏休みに建築を学ぶ大学生の皆さんとともに自然、森林、木材、建築を学ぶサマーセミナー開催がその始まりです。中心になった方々は、平成3年当時の安藤正雄千葉大、太田邦夫東洋大、藤沢好一芝浦工業大、布野修二京都大、渡辺豊和京都造形芸術大の先生方と、上川潔久々野営林署長と私でした。お世話になった地元高根村(現高山市高根)役場の大家忠総務課長や、1軒だけの八百屋さん上田商店、入浴だけお願いしたホテル七峰館などでした。 
その後、私の転勤とともに活動拠点をこの加子母に移し、ここからが「かしも木匠塾」活動です。木匠塾の学生が加子母に集まった最初の頃は、人口が3,500人の静かな村の住民は、普段見かけない若者200人余が一度に押し掛けてきたのでびっくりです。交通事故が発生するなど大騒ぎとなり、私には、当時世の中を混乱させた某宗教のメンバーの疑いまで掛かるほどでした。20周年を迎える今学生たちは、その後に建設された村の施設に宿泊して活動しています。毎年の開校式では、各大学による建造物の設計や活動の内容が公開され、地元の工務店のアドバイスを受けて活動開始です。その他地元小・中学生との勉強会や運動会、地元の団体と文化活動も行われています。加子母での生活は、農産物などの差し入れがキャンプの食卓を賑わし、祭りへの参加、花火大会などなど交流はひと夏にとどまらず、山村、木材の魅力に取りつかれた学生たちは年を通じて村を訪れています。日本は今、これまで経験したことのないほどの森林資源を持つようになりました。それでも、木材利用はそのほぼ8割が外材で国産材は年間2千万m3しか使われていません。仮に国産材が現在の3倍使われたら、疲弊した日本の山村や林業が一度に活性化するに違いありません。大切なことは、木材を収穫することによって健全な森林が維持され、災害防止など森林の機能発揮が増大することです。また、残念ですが日本の大学は、建築学科でも「木造建築」は全く教えられていません。木造建築を学ぼうにも学べないまま、毎年、建築学科を卒業しているのです。これでは建築業界で木材は使われません。森林資源の有効利用は進まないばかりか、日本の「木の文化」の伝承は困難でしょう。私たちは、建築を学ぼうとしている若者が一人でも多く木造建築を学んで木造建築技術者として活躍してほしいのです。これが木匠塾活動を始めた大きな理由なのです。都市部の大学で建築を学んでいる若者たちが山村を訪れ、自然や森林、そして木材に触れ、優れた木材の魅力を生かした木造建築を手がけて欲しいのです。
(中島工務店 総合研究所長 中川 護 )