☆中島工務店メールマガジン11月号☆ vol.41 2013年11月14日配信☆

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  • 1 中島工務店からのお知らせ
  • 2 季節の扉  〜代表取締役 中島 紀于〜
  • 3 森の不思議 〜中島工務店 総合研究所 中川護〜
  • 4 住宅豆知識

*⌒*⌒【 中島工務店からのお知らせ 】 ⌒*⌒*


●2 季節の扉

お客様を案内して丸一日かしもの秋を堪能した。深山材料置場では黒雀蜂が勢良く子育てをしている。栗茸と椎茸も大きく育っていたので袋一杯収穫した。乙女橋では瓜膚楓がこれ以上の紅葉は無いよと大きな葉を広げて秋を見せてくれた。一の谷では栃の株立ちがこれ以上の黄葉は無いよと山を黄に染めていた。丸葉の赤と白文字の黄が杉林の中で燃え立っていた。今日は何と言う良い天気だろうか。
11月5日となればもう木枯しが吹いて木の葉は飛び散ってしまっているのに。真青な空と暖かい日差しと真只中の紅葉の中をあちこち歩いてみる。何処へ行っても目を見張るばかり。最後に木曽越峠を登る。ここも又秋々々。御岳山は雲の中だったが木曽谷の大崖はいつもの通りの秋化粧。夕日が落ちるのをしっかりと見た。あっと言う間に落ちた。
その直後に三日月と一番星が仲良く出た。
何故か涙が流れて止まらなかった。この夕暗をあの人にも是非見せたいと思った。

 

中島 紀于代表取締役 中島 紀于
ブログ書いてます>>> http://norio.kinoie.in/



●3 森の不思議

森林と家づくり 4  パイロット・フォレスト(1)

下呂温泉街(岐阜県下呂市)から国道41号線を南に約5km進むと、益田川(飛騨川支流)左岸にはこの地域を代表するモミを主とする中間温帯林とヒノキの人工林が鬱蒼と繁っています。このあたり一帯は国有林で面積は約450ha、筆者が20代に担当区主任(現在の森林官)として勤務したホームグラウンドです。当時は、木材の価格が高く林業が盛んで、明治の特別経営時代(帝室林野局が不要な国有林野を払い下げその資金で行った造林事業等)に植林された70〜80年生のヒノキを毎年4ha程度ずつ伐採し販売しました。その伐採跡の造林地に各種の試験地を設け、造林技術の研修とともに育林事業を行い「パイロット・フォレスト」と呼んでいました。国道から林道を進んで標高520mまで登った位置に、モダンな建築の事務所と研修施設があり、事業運営の拠点としていました。
"緑したたる森林の真ん中にドカンと机を置き、周囲に植えられたソメイヨシノの濃い緑で灼熱の太陽を遮断し、涼風を心地よく受けながら腕組みして目の前の林を眺め、パイロット・フォレストをどんな山にするのか。"
これは当時、名古屋営林局の機関紙「みどり」に筆者が寄稿した「パイロット・フォレストに描く夢」の一節です。あれから40年が過ぎました。この寄稿文はさらに、
"1937年ドイツの森林院当局が国力回復のために行った施策中の「ワルニッケン研修所のはなし」や「河田杰先生と小根山試験林のはなし」が心に深く残っていて、そんな見たこともない情景を勝手にこの地に連想してしまいます。"と続きます。
この文では、書物などで学んだ世界の模範とされていたドイツの林学やその思想を、日本のこの森林で実現したいと思い描いていたので、当時から何十年後の将来を見越し、この森林内で実施していた10数項目の実験課題について大きな夢を描いていました。この各種試験地や成果は、今どのようになっているのか。その後、40年が経過し国有林の経営は大きく転換されました。
当時のことを鮮明に記憶しているのは、事務所の正面の林は112林班で、110林班の天然林と隣り合わせの頂上の林内に、1枚の黒板と丸太でつくった椅子を置いただけの屋外教室をつくったことです。そこに通じる遊歩道を何本か整備し、途中に可愛い小さな花をつけるチゴユリ(稚児百合・ユリ科)が多く自生していた尾根に「ちごゆり峠」と名付け、植生や土壌研修のコースによく利用しました。日曜日には地元の小・中学生や父兄など外部の方々も森林教室にやってきました。当時、森林教室は珍しく関係者はいつしか「中川教室」と呼んでいました。国有林ではその後、森林とのふれあいの場として各地で森林教室が開かれていますが、その先駆けでした。
この森林について、是非書きたいことがあります。それは「収穫の保続」(森林の植林・伐採を科学的に行い資源の永続的利用を可能にする保続の林業方式)についてです。明治時代に植栽されたヒノキの森林は、木材価格が高騰していた当時は、伐れば高く売れる時代でしたから林野庁では木材の価格安定のために緊急伐採を行いました。「東濃ヒノキ」の銘柄化を民間の方々とともに取り組み始めていた頃で、この国有林はその宝庫でした。ここにも増伐の指示が及んだことはいうまでもありません。国定公園特別地域等を除いて木材生産ができる200haの森林を年に4haずつ伐採し50年で伐採が一巡する、いわゆる「面積平分法」に基づくことにしていました。あこがれの「法正林」思想(法正林(ほうせいりん)とは、毎年の成長量に見合う分の立木を伐採、植林することで、持続な森林経営を実現させる森林のこと。)に少しでも近づけたいという思いは、想像するだけで身震いするほど筆者の若い頃の夢の夢でしたから、この基本を崩さないために指示に対して難色を持ったことは忘れられません。そして今でも持続可能な森林づくりなど、同じ夢を追い続けているのです。
収穫調査の記憶もよく覚えています。106林班は全体が高品質のヒノキで、沢に沿ってわずかに38mという最も高い樹高のスギがそびえ立っていました。その林は立木のまま販売する「立木販売」でした。4haの立木価格が何と2億2千万円(1m3当たり10万円、現在では材価は低下し3万円程度)で落札され、特に素性によいものは6〜10mの長材に採材し開発が進んでいた滋賀県大津、長浜、栗東方面へ高級な木造住宅の資材として搬送されて行きました。この時こそ森林、木材そして消費地が直結していることを感じたことはありませんでした。
さて、高価で販売された106林班の伐採跡地は、木材の搬出期間が終わるとすぐに植栽を行いました。植栽に当たって、どんな樹種を植えるか(更新樹種)を決めるのに「地位指数調査」を採用しました。造林の場合は「適地適木」が特に重要となるのです。この方法は、当時では最も科学的な植栽樹種の適地判定手法でした。次回に詳しく書きましょう。
そして40年が経過し、新しい森林が再び106林班にできあがったのです。近々、入林許可を受けてこの森林に入ります。その山がどんな成長を遂げているのか。親が子供に合いに行くかのような気持ちで楽しみです。

中川 護(中島工務店 総合研究所長 中川 護 )



●4 住宅豆知識

去る10月19日に、NPO木の建築フォラムが主催する「第9回木の建築賞」の二次選考で中島工務店の日頃からの活動を発表しました。私達のこの30年の取り組みです。是非とも御一読下さい。

そこに山から―完結型林業を目指す"山元"加子母発の住まいづくり活動

■(株)中島工務店■
皆さんこんにちは。私は岐阜県中津川市加子母にあります建設業者(株)中島工務店の中島大地でございます。よろしくお願い致します。実は4年前の「第5回木の建築賞」にも参加させて頂きまして、その折にも加子母を軸とした私達の住宅づくりをご紹介しました。今回もまた山元加子母の現状と、私達地域工務店の取組みをご紹介します。

■ヒノキのふるさと加子母■
岐阜県中津川市加子母は、木曽川・飛騨川・白川の源流に位置する人口約3,100人の小さな集落です。115km2の面積の内93%が森林で、地域住民のほぼ全戸が森林を所有しています。古くから林業が盛んな地域で、特にヒノキの産地として有名です。「木曽ヒノキ」と呼ばれる400年生のヒノキ林が残っており、森林や林業のシンボルとなっています。この天然生ヒノキ林は、戦前には「神宮備林」と呼ばれ、先に行われた伊勢神宮の式年遷宮の御用材が切り出される森林です。他にも、姫路城、法隆寺、東本願寺、延暦寺などの日本を代表する歴史的な木造建築にもこの「木曽ヒノキ」が使用されたという記録が残っています。

また人工林の「東濃ひのき」は全国的に重宝されている建築用材です。寒い地域で育ち目の詰んだ年輪や色艶、製材の二度挽きの技で、逸早くブランド化が進みました。こうしたことから加子母は、しばしば「ヒノキのふるさと」と呼ばれます。

■完結型林業■
そんな加子母では「完結型林業」を目指しています。加子母森林組合を始めとする杣人が、植林、育林、伐採、市売を担い、製材工場が市場で原木を競り、製材・乾燥し製品とします。そして工務店が住宅の設計と施工を担い、木材加工工場が構造材や造作材の加工を行います。1棟の住宅の木材の大部分を地域材で賄うことができます。さほどの規模ではありませんが、林業・製材業・建築業が同一地域内で完結する全国でも数少ない事例です。私達はこの「完結型林業」の更なる充実を目指しています。

しかしながら、加子母の林業・製材業が順風満帆というわけではありません。木材価格が30年前の1/3にまで下落し、森林経営は厳しさを増すばかりです。林業は補助金なくして成り立たないのが現状です。山主が森林組合に委託して森林を管理しても、その手間代が原木の販売価格を上回り、山主がお金を受け取るどころか請求される場合すらあります。このような状況が続けば、山主は山に手を入れることができず、森林放棄が進む一方です。

前回の「木の建築賞」の二次審査の質疑の場で、「加子母では木が伐採された後には植えられているか」と問われました。答えはNOです。森林資源とその歴史に恵まれた加子母であっても、森林管理は理想とは程遠いものです。

製材工場も同様です。約30年前の絶頂期には加子母だけでも28社の製材工場があり、年間約30億円を売り上げていました。しかし現在では、工場数も14社にまで減ってしまいました。林業同様、先行きの芳しくない業界では、後継者も減少の一途です。

更には、木材乾燥や性能表示等に係る経費が増すばかりで、外材との価格競争のため製品単価を上げることもできず、原木単価にしわ寄せがいくばかりです。抜本的な策もないまま騙し騙しの日々が続いています。

■産直住宅■
加子母の完結型林業の重要な要素の一つが「産直住宅」の取組みです。木材輸入の自由化により、安価で品質の安定している外材に需要が流れ、加子母の林業や製材業は窮地に立たされました。そんな状況を危惧した当時の加子母村長の号令で、都市部へ出稼ぎに出ていた大工職人を行政がバックアップするようになりました。この取り組みが後に「産直住宅」と呼ばれるようになりました。

旧加子母村では1980年代に「かしもひのき建築協同組合」を設立し、中島工務店は中心的な役割を担いました。中部地方の他に、関東地方と関西地方に営業拠点を構え、木材の調達・製材・加工を加子母で行い、この地域の職人達と共に都市部で住宅づくりをしてきました。田舎育ちの、商売っ気のない職人集団を支持して下さるたくさんのお客様と巡り合うことができました。

産直住宅を始めた頃は、とにかく我武者羅でした。仕事を選ばず貪欲に食らいつきました。厳しい予算や工期の中で、疑問や不安の残る仕事もして来ました。品質や効率は二の次の時代でした。

私達の手掛けた住宅が年々増えるにつれて、様々な不具合に直面しメンテナンスと向き合って来ました。企画・設計に始まり、建築工事から保守まで住宅づくりに一貫して携わることで、住まいづくりの本質とその難しさを実感し、数々の教訓を得ることができました。その結果、地域工務店がイニシアティブを取って、自信と責任を持ってお勧めすることのできる住宅が、最終的にはお客様のメリットになると考えました。まだまだ発展途上ではありますが、日々着実に前進していると実感しています。

■地域材の活用■
地域材の活用は、地域工務店が地域に負う責任であると考えます。地域材を地域工務店が活用し、地域の森林にお金を還元して始めて森林に手を入れることができます。それは毎年のように発生する土砂崩れや地滑り、河川氾濫を防ぐ手立ての第一歩です。又、地域材の需要が安定することで山元での雇用が安定し、都市部に就職口を求めるしかなかった若人が故郷に帰って来ることができます。

■ウッドマイルズ■
さて、岐阜県立森林文化アカデミーを中心として体系化された「ウッドマイルズ」という指標があります。鉄筋コンクリート造や鉄骨造の住宅に比べ、木造住宅は建築時に排出する二酸化炭素量が圧倒的に少ないことはご存知の通りですが、地域材を使った住宅では、日本で建築されている平均的な木造住宅に比べ、70%以上の二酸化炭素の排出を削減しています。

海の向こうから外材を日本に運んでくるのに排出される二酸化炭素量は、私達が家庭でセッセと取り組んでいるエコ活動を帳消しにして余りあるマグニチュードであることは容易に想像が付きます。そのバランスの不自然さを直視すべきであり、日本の住宅には日本の木を使うことが環境問題の切り札の一つであることを、国を挙げて再確認すべきです。

■私達のPR活動■
そんな訳で、私達は地域材の活用を訴え続けなければなりません。それは山を背負った人々の切実なメッセージをお客様に伝えられる立場にある地域工務店の使命だからです。中島工務店では、年間を通じイベントや勉強会を開催しています。

■水と緑の勉強会■
春と秋の年2回開催する「水と緑の勉強会」では、都市部からお客様を加子母にお招きして、半径十数kmの範囲で伐採・原木市場・製材・乾燥・加工・製品市場・建築現場と、木造建築の"川上から川下"を見学して頂きます。又、先に述べました「神宮美林」に登り、400年生の森林に囲まれて、森林の生い立ちや国産材活用の意義を勉強します。

■ふるさとまつり■
次に「ふるさとまつり」です。住宅を建築させて頂いたお客様を、初夏の加子母にお招きして、山村文化を満喫して頂こうという一泊二日のキャンプです。「都会の人々に第二のふるさとを」を合言葉に取り組んできた私達の住宅づくりにご共感頂いたお客様の住まいづくりのエピローグとして、お客様に加子母をより身近に感じて頂きたい、また遊びに来て頂きたいという気持を込めて毎年開催しています。

■加子母木匠塾■
他にも数々の取り組みがあります。毎年夏に開催する「加子母木匠塾」もその一つです。今年で18回目を迎える加子母の風物詩で、関東や関西の6大学から300名にも及ぶ学生が加子母に集い、工務店の指導の下木造建築を実践します。高齢化が進む加子母の平均年齢が一時的に下がる2週間です。京都造形芸術大学も常連校の一校です。

■かしも山歩倶楽部■
年に4回の「かしも山歩倶楽部」では、渓谷散策、林道歩き、登山、木工教室等を開催し、四季を通じ加子母を楽しんで頂くことができます。遠くは東京や大阪からもご参加頂いています。

今後は、志を同じくする加子母の行政とも積極的に連携を図り、活動をより一層充実させて行きたいと目論んでいます。

■最後に■
衰退の一途を辿る日本の林業や製材業に、一発逆転の解決策はありません。森林育成は、単に加子母だけの問題ではなく、また単に民間企業だけで取り組めるものでもありません。それぞれの地域のリーダーが音頭を取り、行政と民間が手を取って地道な努力を重ね、小さな成功を重ねていくほかありません。私達地域工務店が、地域工務店こそが、中心的な役割を果たすことができると思います。

国破れて山河あり。森林育成や国産材利用は、政権の所在や景気の上げ下げ、補助金の有無などで一喜一憂することなく、地道に続けて行かなければなりません。国産材が大手企業の一時的な商売のネタに終わってはなりません。環境意識を気取る者のステータスに成り下がってはいけません。熱し易く冷め易い日本人の流行と共に廃れてはいけません。森林育成と国産材利用は世代を超えた恒久的な取り組みでなければなりません。

人口3,100人の小さな集落加子母では、住宅づくりをその一部とする「完結型林業」と共に地域の発展を目指して日々尽力しています。そこに山があるから。


(本社 中島 大地)

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